坂本龍馬の月琴

坂本龍馬から月琴をおりょうへ

「わが身と思うて、膝に抱かれたく…」
幕末維新の風雲児坂本龍馬の恋人は、数人伝えられている。
その中からひとり、妻の座に選ばれたのは京の女性おりょうである。元治元年(1864年)、龍馬は始めて長崎を訪れた。
異国の香りがするこの町をすっかり気に入り、連日のように歩き回るうち、龍馬は聞き慣れない音曲を耳にした。
異国の楽器らしい。
舶来物を扱う唐物屋に飛び込んで尋ねると、やはり見慣れぬ楽器を取りだしてきた。月琴という清国伝来の弦楽器である。
弦をはじくと、琵琶に似ているがやや高く、甘い音色がする。
若い女の京ことばを聞くようだ。「面白そうじゃな。」
龍馬はさっそくこの異国の楽器を買い求めた。
京を発って半年後、龍馬は長旅を終え、おりょうのもとへ帰ってきた。
おりょうは胸にたまった寂しさを一気に語りつくそうとした。
しかし、「またすぐ出かける。」という龍馬のひと言に遮られてしまった。
いつもの通りだ。龍馬は急に思い出したように言った。
「そうじゃ、長崎で面白いもんをみつけた!」
「おや、何どすやろ。」
腹立たしい気持ちをぶつけるようにおりょうはおどけてみせたが、龍馬は意に介さない。
「勝手口に置いてあるきに。」
おりょうは小走りに勝手口へ立った。確かに、長さ二尺もある包みが板の間に立てかけてある。
開けると見慣れぬ楽器が出てきた。龍馬が長崎で買い求めた月琴である。そして、走り書きの手紙が添えてあった。「わが身と思うて、膝に抱かれたく・・・。」
飛び跳ねるような文字から龍馬の笑顔が見えてくるようだ。
(あの人は、私の心がわかっている・・・)
おりょうは、不意に切なさがこみ上げてきて急いで部屋に戻ると、龍馬の姿はもうなかった。
月琴は、おりょうが龍馬からもらった初めての贈りものだった。
そしてこの贈りものにおりょうは二人を結ぶ絆を見る思いがした。坂本龍馬の月琴
のちに、龍馬はおりょうに語っている。「仕事が済めば山中で気楽に暮らすきに、それまでに稽古しちょれ。」
しかし、龍馬はおりょうの奏でる月琴を聞くこともなく、慶応三年(1867年)11月15日、暗殺者の凶刃に倒れた。
不運の時代を生きた龍馬とおりょう、離ればなれに暮らすことの多かったふたりにとって、この贈りものが一本の線となり、心と心をつないでいたのだろう。